自分だけが与えてばかりで何も与えられないと感じる人がやるべきこと

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私たち人間は、他人から何かしてもらったことよりも、他人にたいして何かしてあげたことのほうが覚えているといいます。こんな心理実験があります。アメリカの心理学者・トラフィモウらは、大学生にたいして「してあげた親切な行動」、「してもらった親切な行動」を書き出すように指示しました。

その結果、してあげたことは、してもらったことの35倍の数があったというのです。

だから自分ばかりが与えていて自分は他人から何も与えられていない、というのは間違っているのですよ。これがここから得られるメッセージです。

「私だけやってあげてる…」は、ほんとうに正しいか

ひとによって差はあると思いますが、ふつうに生活していて、してあげたことと、してもらったことを思い返すと、それだけの差が生まれてしまうのですね。そして、こんなふうに思いがちになるでしょう。

「私はこれだけやってあげてるのに…。あのひとはぜんぜんやってくれない…。」

仕事の仲間にたいして、の部下にたいして、上司にたいして、家庭のパートナーにたいして、そう思ってしまうでしょう。これは、ストレスが溜まるだけで健全ではありませんよね。

ストレスを溜める前に確認すべきことがあります。「私はあれだけやってあげたのに…」がほんとうに正しいのでしょうか。ほんとうは「私はあれだけやってもらったのに…」が正しい可能性もあるのではないか…。正確に知ってみることです。

人間の記憶には平均で35倍のバイアスがかかっています。正確にしてあげたことと、してもらったことの数量を知るためにはどうしたらよいでしょうか。

私は、実際に数えて記録してみればわかるだろう…と思ってやってみました。主に仕事の場で、ひとにしてあげたこと、してもらったことを記録していきました。

事実を記録してみる

ポイントは、できる限り主観を排除して、淡々と記録をしていくことです。その他人が好きとか嫌いとか、自分の感情を排除し、事実だけを公平に記録します。私としても、どうしても自分がしてあげたことのほうが大きくとらえてしまいがちですが、「してあげたこと」で記録をとったレベルのできごとは、「してもらったこと」でもきちんと記録をとるようにしました。

1週間程度ですね、記録をしました。仕事中は紙にメモしておき、家に帰ってからまとめていました。「してあげたこと」としては、○○を教えた、便宜を図った、はたまた、道を譲ったなどありました。「してもらったこと」も同様なことがありました。1日単位で見れば、「したあげたこと」のほうが多い日もあれば、「してもらったこと」のほうが多い日もありました。

1週間程度続けた結果、「してあげたこと」と「してもらったこと」が同じくらいの数になりました。

してあげたこと・してもらったことは同じ数になる

「してあげたこと」と「してもらったこと」の数は、結局は同じくらいになるのではないかと思いました。してあげたことばかりを記憶してしまっているけれども、実際はほぼ同じ数になるのではないかと。

理由はこうです。他人に対して多くをしてあげるひとは、他人から多くをしてもらえるでしょう。他人に対して何もしてあげないひとは、他人からも何もしてもらえなくなるでしょう。ふつう、いつもよくしてくれるひとが困っていたら率先して助けますよね?でも、いつも何もしてくれず周りのことを何も考えないようなひとが困っていたらどうでしょう。率先して助けることは少ないかもしれませんね。

となると、他人にたいしてよくしてあげているひとは、他人からもその分よくしてもらえるので、「してあげたこと」は多く、「してもらったこと」も多くなり、同じくらいの数になりそうです。逆もしかりですよね。中にはしてあげたのになにも帰ってこない場合、なにもしていないのによくしてもらえる場合もあるでしょうが、傾向としては「してあげたこと」と「してもらったこと」が相関すると思いますね。

これは、よいことをしてあげた・してもらっただけでなく、迷惑をかけた・迷惑をかけられたといったことにも当てはまりそうです。自分が迷惑をかけたことは忘れて、自分がかけられた迷惑だけを覚えているのとか…。

淡々と記録していくことでわかったのは、普段してもらっているのに、「してもらっている」と意識していないことが多くあるのだなということです。日常的に行われていることほど、感謝どころか、してもらっていることすら忘れがちになってしまいます。

実際に数えて記録していくこと。これによって気が付くことができます。

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